対象読者:マーケティングを初めて学ぶ人。高校生でも「原典に書いてあること」と「後から広まった説明」を比べられるようにします。

提案書やブログでよく見かける説明を、発行元・査読論文・著者本人の資料まで戻って確認しました。5件について、広く流通している説明と原典の記述が食い違っています。
先に断っておくと、これは「みんな間違っている」という話ではありません。 原典に何が書かれていて、どこからが後年の解釈なのかを分けておかないと、提案の根拠として使ったときに崩れる、という話です。
各項目に出典URLを付けています。引用する際は、原文も確認してください。
1. SWOTの起源は、通説とは異なる人物だった
査読論文 Puyt, Lie & Wilderom (2023)「The origins of SWOT analysis」(Long Range Planning 56(3))は、SWOTの起源を Robert Franklin Stewart とし、元の枠組みは SOFT(Satisfactory / Opportunities / Faults / Threats)で、後に SWOT へ改称されたと結論づけています。
出典:The origins of SWOT analysis(2023年)
一方、日本語圏でよく見る「Albert HumphreyがSWOTを発明した」「Learned らの1965年の Business Policy で初めて示された」という説明は、この一次研究に照らすと支持されません。
ここで「通説は完全なデマだ」とまでは書けません。私が確認したのは論文の抄録までで、本文は未読です。断定できるのは「査読論文が別の起源を示している」ところまでです。
Stewartがいつこの枠組みを作ったかも、抄録には書かれていません。年号を挙げている記事を見かけますが、私は出所を確認できていないので書きません。
2. BCGマトリクスの第4象限は「負け犬」ではない
BCGの原典エッセイ、Bruce Henderson「The Product Portfolio」(1970年)に書かれている4象限は、cash cows / stars / question marks / pets です。
出典:The Product Portfolio(BCG、1970年)
BCGの現行の公式ページでも "pets" が使われています。
出典:What Is the Growth Share Matrix?(BCG)
つまり、広く流通している 「dogs/負け犬」は原典の語ではありません。 原典と現行公式ページの2点で一致しています。
ただし、これを「誤訳」と呼ぶのは行き過ぎです。後年に定着した別称であることは確認できますが、どこで、なぜ置き換わったのかまでは追えていません。誤りだと断定できる材料を私は持っていません。
提案書で「負け犬」と書くのが悪い、という話でもありません。 相手に通じる語を使うのは実務です。ただ、原典の語ではないと知ったうえで使うのと、原典だと思って使うのは違います。
3. 4Pは「最初の分類」ではなく「生き残った分類」
査読論文 Van Waterschoot & Van den Bulte「The 4P Classification of the Marketing Mix Revisited」(Journal of Marketing 56(4)、1992年)は、4Pが登場した当時、Howard (1957)、Frey (1961)、Lazer & Kelly (1962) など複数の分類が並立していたと記述しています。
そのうえで、提案された多くの図式のうち McCarthy のものだけが生き残り、"dominant design"(支配的な設計)あるいは "received view"(通説)になった、と書かれています。
出典:The 4P Classification of the Marketing Mix Revisited(Journal of Marketing、1992年10月)
この論文は全12ページを読みました。歴史記述の該当箇所を確認しています。
したがって、「4Pが最初にマーケティングを体系化した」という説明は原典と合いません。 4Pは最初の発想ではなく、並立した分類のなかで生き残ったものです。
この違いは実務に効きます。「4Pは体系の出発点だから、まず4Pで整理する」という順序に根拠があるのかを考え直せるからです。
4. ミルクシェイクの事例は、企業名が公開されていない
JTBD(Jobs to Be Done)の代表例として広く紹介される「ミルクシェイク」の話は、Christensen / Cook / Hall による HBR 2005年12月号の論文「Marketing Malpractice」で初めて紹介されました。HBSが公開している抜粋で全文を読みました。
出典:What Customers Want from Your Products(HBS Working Knowledge、2006年1月16日)
原典には、この例では企業名と製品名が伏せられている(both the company and the product have been disguised)と明記されています。
つまり「マクドナルドのミルクシェイク」という帰属は、原典に存在しません。 書くなら「あるファストフードチェーン(原典で企業名は非公開)」です。
もう一点あります。原典には、この事例の売上・利益などの成果数値が一切書かれていません。 より濃くする、果肉を入れる、機械をカウンター前へ移してプリペイドカードで売る、といった改善案は述べられていますが、実施結果の記載はありません。全文を読んで不在を確認しました。
これは発想法の説明例であって、効果測定の事例ではない、ということです。「JTBDで売上が伸びた事例」として数値を伴わせて紹介するのは、原典にない話を足すことになります。
5. Dropboxの「3,900%成長」は、紹介プログラム単独の数字ではない
創業者 Drew Houston 本人の講演資料「Dropbox Startup Lessons Learned」(2010年)を確認しました。
出典:Dropbox Startup Lessons Learned(2010年)
広く流通している「紹介プログラムで3,900%成長」という説明について。3,900%は10万から400万へというユーザー数全体の増加率であり、紹介プログラム単独の寄与ではありません。
もう一つ、「紹介は有料獲得の2.8倍」という比較をよく見かけますが、原典では確認できませんでした。 資料には「280万件の招待」という数字があります。これの読み違いではないかと私は考えていますが、それは私の推測です。 断定はしません。原典の別版に該当記述がある可能性も残ります。
「2.8倍は誤りだ」と書けるほどの材料は、私は持っていません。書けるのは「原典では確認できない」までです。
提案や記事で扱うときの確認点
5件を並べて見えるのは、通説の内容そのものより、通説と原典のあいだに何段階の解釈が挟まっているかが問題だということです。
- 原典に書かれていること(BCGの4象限、4Pの並立、企業名の偽装、3,900%の内訳)
- 後年に定着した呼び方や解釈(負け犬、4P=出発点、マクドナルド)
- 原典を確認できない数字(2.8倍、SWOTの発明者と年)
提案や記事で使うとき、この3つを混ぜないだけで、後から崩れる主張が減ります。その数字が何を示すのかを説明できるかどうかが分かれ目です。
私が実際にやっているのは、難しいことではありません。引用しようとしている話について、発行元・査読論文・著者本人の資料のどれかを確認する。 確認できないものは「〜と言われている」と書くか、使わない。それだけです。
この記事で「断定できない」と何度か書いたのは、材料がそこまでだからです。確認できた範囲と、できていない範囲を分けておくほうが、後で直しやすくなります。
よくある質問
Q. 通説どおりに書いてある本や記事は、信用できないということですか?
A. そうではありません。実務書は要約するものなので、起源や但し書きが落ちるのは自然です。 問題は、落ちたことに気づかずに提案の根拠へ持ち込むことです。
分ける基準は1つで、その記述が「概念の説明」か「事実の主張」かを見ます。
- 二次情報で足りる:4Pとは何か、SWOTの4象限の意味、JTBDの考え方。概念を理解するのに原典は要りません
- 原典に当たる:誰が最初に言ったか、何年か、どの企業の事例か、何%伸びたか。固有名詞と数字が入った瞬間に、二次情報では足りなくなります
この記事で挙げた5件は、すべて後者です。概念の説明としては、どの通説も間違っていません。
Q. 提案書に「負け犬」「マクドナルドのミルクシェイク」と書いてしまっていました。訂正すべきですか?
A. 2つを分けて考えます。
「負け犬」は訂正しなくて構いません。原典の語ではありませんが、後年に定着した別称で、相手にも通じます。相手に通じる語を使うのは実務です。知ったうえで使うのと、原典だと思って使うのが違うだけです。次に書くときに、原典が "pets" だと知っている状態で選べば足ります。
「マクドナルドのミルクシェイク」は直したほうがよいです。 原典に「企業名と製品名は伏せてある」と明記されているので、存在しない帰属を書いていることになります。 「あるファストフードチェーン(原典で企業名は非公開)」に替えれば済みます。
分かれ目は、言い換えなのか、原典にない情報を足しているのかです。前者は実務判断、後者は事実の誤りです。
Q. 原典に当たるのは時間がかかります。どこまでやればいいですか?
A. 全部はやりません。次の3つに当たるときだけ原典へ戻ります。
- 金額や配分が動く数字。 予算・KPI・目標値の根拠にする数字は、前提ごと確認します
- 人に配る資料に載せる固有名詞。 提案書・登壇資料・記事など、あとから直しにくいもの
- 起源・年号・企業名・成果数値。 この4つは、二次情報を経由するたびに変質します
逆に、社内の検討メモや自分の学習では、二次情報のままで構いません。「原典に当たる/当たらない」ではなく、「どこで使うか」で決めます。
実際にかかる時間は、多くの場合5〜10分です。論文名か企業の公式サイトを1回検索して、該当箇所を探すだけで、この記事の5件のうち4件は決着しました。
Q. 原典が有料で読めないときは、どうすればいいですか?
A. 読めた範囲を書きます。 この記事のSWOTがまさにそれで、確認できたのは抄録までです。本文は未読なので、「通説は完全な誤りだ」とは書いていません。「査読論文が別の起源を示している」までにしています。
有料の壁に当たったときに試す順番は3つです。
- 機関リポジトリ(大学が公開している版)。この記事のSWOT論文はここで抄録に到達しました
- 発行元・著者本人の公開版。BCGは1970年の原典エッセイを自社サイトで公開しています
- 発行機関の公開抜粋。ミルクシェイクの事例は、HBSの公開ページで全文を読めました
3つとも駄目なら、読めなかったと書きます。 読めなかったことを書くのは弱さではなく、後から原典が出てきたときに撤回せずに済む書き方です。
Q. 5件以外にも、まだ食い違いはありそうですか?
A. あると考えたほうが安全です。 疑う対象を絞る手がかりは4つあります。
- 起源の話(「〜が考案した」「最初に体系化した」)。伝言を重ねるうちに人名が入れ替わります
- 丸い数字(3,900%、60:40、95:5)。丸いほど、途中で前提が落ちています
- 企業名つきの事例。原典が匿名にしているものに、後から名前が付くことがあります
- 比率(◯:◯)。何を分母にした比率かが省略されやすい形です
この4つに当てはまる記述を提案書で使うときだけ、原典を1回確認します。すべてを疑うと作業が止まるので、型を決めて絞ります。
まとめ:疑う順番を決めておくと、確認は5分で終わる
- 通説と原典の食い違いは5件とも「概念」ではなく「起源・帰属・数値」で起きていた。 概念の説明としては、どの通説も間違っていない
- 原典に当たるのは3つの場合だけ——金額や配分が動く数字、人に配る資料の固有名詞、起源・年号・企業名・成果数値
- 疑う手がかりは4つ——起源の話、丸い数字、企業名つきの事例、◯:◯の比率
- 読めなかったときは「読めなかった」と書く。 「誤りだ」と書くと、原典が出てきたときに撤回になる
- 「負け犬」のように定着した別称を使うこと自体は問題ではない。 原典の語ではないと知って使うかどうかが違う
出典一覧
| # | 出典 | 発行 | 確認状況 |
|---|---|---|---|
| 1 | The origins of SWOT analysis(Puyt, Lie & Wilderom、Long Range Planning 56(3)) | 2023年 | 抄録を確認。本文は未読 |
| 2 | The Product Portfolio(Bruce Henderson、BCG) | 1970年 | 全文確認 |
| 3 | What Is the Growth Share Matrix?(BCG) | 掲載日不明 | 全文確認 |
| 4 | The 4P Classification of the Marketing Mix Revisited(Van Waterschoot & Van den Bulte、Journal of Marketing 56(4)) | 1992年10月 | 全12ページを抽出し、歴史記述の該当箇所を読了 |
| 5 | What Customers Want from Your Products(Christensen / Cook / Hall、HBS Working Knowledge) | 2006年1月16日 | ミルクシェイク事例の全文を読了 |
| 6 | Dropbox Startup Lessons Learned(Drew Houston) | 2010年 | 本文確認(数値スライドを取得) |
いずれも2026年8月17日に確認しています。出典ページは更新される可能性があるため、引用する際はその時点で再確認してください。
執筆者
Web Director for SEO & Content。原典に書かれたことと、後から広まった説明を分けて確認します。